幸手今昔物語#2「消防団」
明暦の大火後、享保三年(1718)江戸南町奉行の大岡越前守忠相が町火消し「いろは四十七組」を組織した、時に八代将軍徳川吉宗の時代であった、消防団の始まりと言えよう。「自らの町は自らで守る」そんな意識の高まりであろう。
江戸当時は破壊消火という方式で、主に鳶職の人々が担っていたと伝えられている。時代が移り、消火の方法も放水等に変わり、技術の進歩と器具の進化により、日本の防災力は世界屈指となった。
昭和四0年代中期まで、幸手市には消防署が無かったため、消防団が防災の要となっていた。
時代は移り変わっても、火消し魂は永遠に受け継がれていく。
昭和30年頃
平成19年現在、同じ場所から